肺気腫とは、肺胞が弾力性を失って古くなった風船のように膨れてしまい、その結果、息を十分に吐くことが困難となって呼吸困難が生ずる病気です。
図1に、呼吸器系の模式図を示しますが、呼吸器系は、大きく気道系と肺胞系に分けられます。
気道とは、口・鼻から始まって咽喉頭〜気管〜気管支へと次々と分岐し最終的に17分岐して終わります。この気道は単なる空気の通り道にすぎません。18分岐以降は呼吸細気管支と呼ばれ、気管支と名がついていますがむしろ肺胞の一部です。
呼吸細気管支〜肺胞洞〜肺胞嚢が肺胞領域に含まれ、呼吸の最も重要な働きであるガス交換(酸素の摂取と炭酸ガスの放出)に関与しています。
図2に、正常の肺胞と肺気腫患者の肺胞の断面図を示します。肺気腫には病理学的に、汎小葉性肺気腫と中心小葉性肺気腫に分けられますが、一般的には、ほとんどの症例が中心小葉性肺気腫です。いずれにしても、図で判るように、正常者の肺胞に比べ、肺気腫患者の肺胞は個々の肺胞の境(隔壁)が破壊され、各々の肺胞が融合して拡大していることが理解できるでしょう。
われわれの肺胞は、ゴムまりと同じように弾性体であり、絶えず縮まろうとする力をもっています。しかし、年齢とともにこの弾性が失われて、肺胞は拡大傾向になります。多少の拡大傾向は、年齢的な変化であり病的ではありません。肺気腫は、この肺胞の拡大が異常に増大した結果もたらされる病態です。この弾性の低下→肺胞の拡大の原因として第一に考えなくてはいけないのが喫煙です。肺気腫患者のほとんどが重喫煙者であるのは間違いのない事実です。しかし、全ての重喫煙者が肺気腫になるわけではありません。肺が、喫煙の影響を受けやすい人だけが肺気腫を発症します。
残念ながら、現在までのところ、喫煙により、どういうタイプの人が肺気腫になりやすいのかは判っていません。欧米では、非常に多くの肺気腫患者がいて社会的にも大きな問題となって(米国では約1500万人)おり、そのため、禁煙運動が極めて盛んです。一方、我が国では、喫煙率は変わらないにもかかわらず、欧米ほど多くはありません。従って、民族的な差があるのかもしれません。
喫煙が関係しない肺気腫も、極めて稀ですが存在します。汎小葉性肺気腫がこれにあたります。これは先天的にある酵素が欠損していて、そのため若いうちから重症の肺気腫になってしまう例です。欧米では比較的よくみられますが、日本ではほとんどみられません。
肺気腫の主な症状は労作時の呼吸困難(息切れ)です。ふつう、息切れというのは動いた時に感じます。はじめは、階段や坂道を上る時に感じるはずです。程度がひどくなると、平地を歩行する時にも感じるようになります。ですから、肺気腫は少しずつ症状が進行してきます。
平地歩行でも息切れがでるのは相当進行した状態で、あまり良い治療法はありません。ですから、早めに専門医を受診し、肺気腫がまだ早期であれば、禁煙し病状の進行を抑えるのがもっとも良い方法です。
咳や淡は、主症状ではありません。しかし、風邪をひいたりすると、咳、淡を伴い息切れも悪化してきます。息切れと同時にしばしば気管支喘息と同様の喘鳴が聴こえることもあります。これは、肺気腫では、肺胞の弾性が失われる結果、気道が収縮して喘息と同じ現象が起きるからです。しかも、気管支喘息は気道の可逆性がありますから、気管支拡張薬を吸入すれば気道が開きますが、肺気腫は気道の可逆性がありませんから、気管支拡張薬も喘息のように効果がないのがふつうです。
さらに進行すれば、肺機能の低下により心臓が障害され肺性心の状態になります。これは、右心系の心不全ですから、動かなくても息切れが出現し、非常に重篤な状態になります。
60歳以上の重喫煙者(1日の本数×年数=ブリンクマン指数400以上)で、労作時の息切れが以前からあるような人が対象になります。一番重要な検査は肺機能検査です。肺機能検査では、一般的に肺活量と1秒率を調べますが、気道の狭窄、閉塞の状態を検べる1秒率の測定がもっとも有用です。これは、1秒間でどれだけ息を吐くことができるかを検べる方法で、これが70%以下は閉塞性の障害と診断します。しかし、症状がでてくるのは、ほとんどが60-50%以下になった場合で、55%以下では強く肺気腫が疑われます。気管支喘息の発作時にも同様に1秒率は低下しますが、気管支拡張薬を吸入すると著明に改善するのが、肺気腫との大きな違いです。つまり、肺気腫は慢性に閉塞性の障害が認められることになります。
そのため、肺気腫を慢性閉塞性肺疾患(COPD)とも呼びます。COPDには、慢性気管支炎も含まれますが、気管支喘息は慢性の気道閉塞ではありませんから含まないのが一般的です。
胸部X線写真もおおいに参考になります。肺気腫は、肺胞の1個1個が破壊されて融合し肺全体が膨らんでいく病気ですから、X線写真では、肺が大きく、過膨張の状態で写ります。そのため肺野は透過性が亢進して特徴的なX線像を呈します。横隔膜の低下、肋間腔の拡大、肺野の血管影の減少などが特徴です。
病状が進行して、肺性心になると、心不全の徴候がでてきますから、心電図や心エコーなどの循環器系の検査にも異常がでてきます。しかし、最も重要な検査は、血液ガス分析で、これにより血液中の酵素と炭酸ガスの状態を知ることができます。呼吸器の病気のほとんどは最終的に、この血液ガスが異常になりますが、とくに、肺気腫では、重症度の判定に重要です。
禁煙が最善の予防策であることはいうまでもありません。また、肺気腫になってしまった場合はできるだけ早く治療をして、進行を遅らせることが大切です。