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病気の知識

脳梗塞

執筆:鶴巻温泉病院 院長 鈴木 龍太

どんな病気

脳梗塞脳出血は、ともに脳血管の異常によって起こる病気で、これらを合わせたものが一般に脳卒中といわれています。脳梗塞は昔は脳軟化といわれ、脳出血は脳溢血といわれていました。 脳卒中は日本の厚生省の統計では脳血管疾患として分類されています。以前は日本の国民病といわれるほど多いものでしたが、食生活の変化や、高血圧の治療が行き届くようになったために重症例は減りました。最近では悪性新生物(癌)、心疾患に続き、我が国の死因の第3位を占めていましたが、死亡者数は徐々に減ってきていて、2012年から肺炎の次の4位になっています。2018年の死因の統計では悪性新生物(癌)、心疾患に続き、老衰が死因の3位になり、脳血管疾患は4位となっています。老衰が増えているのは、在宅や介護施設で看取る場合に、検査や画像診断ができないので、死因を老衰と記載することが多いものと考えられ、在宅や介護施設での看取りが増えていることを示していると考えます。脳血管疾患の死亡数は減ってきましたが、超高齢社会になり、総患者数はますます増加し、高齢者の認知症や寝たきりになる最も多い原因疾患となっていますので、予防が大切な病気です。

脳梗塞死亡率/総患者数の推移

脳へ血液を送る動脈には、左右1本ずつの内頸動脈椎骨動脈計4本の血管があり、これらが頭蓋骨の中に入ると左右の椎骨動脈は合流して1本の脳底動脈となり、左右の内頸動脈とともに、ウィルス動脈輪という血管の輪に合流します。この動脈輪を介して、脳に入る血管が連絡し合い、いずれかの動脈の一部が詰まった時も残りの血管から血液が供給されて脳全体の血液が保たれるようになっています。内頸動脈と脳底動脈から前大脳動脈、中大脳動脈、後大脳動脈、上小脳動脈などの枝が出て、それら血管がそれぞれの分担領域の脳に血液を供給しています。

動脈硬化などで血管内腔が塞がり、その先の脳細胞に血液が送れなくなると脳細胞は酸素欠乏と栄養不足になります。この状態を脳虚血といい、これがしばらく続くと、脳細胞は死んでしまい、脳梗塞になります。そして、脳細胞は1度死ぬと再生することはありません。その脳細胞が運動に関係があれば、運動麻痺が起こり、感覚に関係があれば、しびれなどの知覚障害が、言語に関係があれば言語障害(失語)がおこるというように、症状がいろいろな形で出てきます。

脳血栓/脳塞栓

脳梗塞には、梗塞の起こり方から、動脈硬化によって脳動脈が徐々に狭くなって最終的に閉塞する脳血栓と、脳以外の主に心臓でできた血の塊(血栓)が、血液の流れにのって、脳動脈に達し血管内腔を塞いでしまう脳塞栓に分けられます。脳塞栓の多くは心房細動(脈が200以上になってドキドキする病気)が原因です。小渕首相や、長島監督が脳梗塞になった原因も脳塞栓で、ストレスでなることも多い病気です。

その他に、一時的に脳の一部の血液が不足(虚血)して症状が現れるが、1日以内多くは一時間以内に症状が消えてしまう、一過性脳虚血発作(TIA)があります。
一過性脳虚血発作は急に起こりますが、病院へ行こうと思っているうちに症状が自然に消えてしまうため病院へ行かなかったり、また病院へ行っても症状がないため、説明がうまくできずに、検査もせずに済ませてしまうことが多く見られます。しかし、このTIAを起こした人の、10%は1年以内に、30%は5年以内に脳梗塞を起こすという調査があります。
TIAは、脳梗塞の前兆と考え、早期に適切な検査と治療を受け、脳梗塞にならないように注意する必要があります。


どんな症状

脳梗塞は突然に起こります。

脳血栓は以前は夜中の血圧の低い時に起き易いと考えられていましたが、色々調べてみると一日のうちいつでも発症しています。突然手足に力が入らなくなり、少しずつ麻痺が進むという発症の仕方が比較的多く見られます。

脳塞栓では、心臓で出来た血液の塊(血栓)が流れてきて脳動脈を塞ぐので、突然に、しかも重症で発症する場合が多く、塞栓がおきる時に心臓が非常に早く脈打つ心房細動という状態になっていることがよくあります。そして、脳血栓では、血管が閉塞するまでにかなり時間がかかるため、その間にバイパスの血管(側副血行路)が出来ることがあり、閉塞した血管の支配する部分すべての血流が途絶えることは少なく、症状は比較的軽い場合が多いのですが、脳塞栓では、突然塞がれるためにバイパスがなく、閉塞した脳動脈特有の症状がすぐに現れます。

一過性脳虚血発作は内頚動脈の動脈硬化によるものが多いのですが、その場合は手足の麻痺、失語だけでなく、一過性に片方の目が全く見えなくなる黒内障といわれる症状が見られることがあります。
代表的な脳動脈が閉塞した場合それぞれ次のような症状が現れます。ただし、通常麻痺や感覚の症状は梗塞により障害を受けた脳の左右反対側に出ます、その理由は、脳から出る様々な指令は、延髄や脊髄で反対側へ交叉して手足などに伝えられるからです。

中大脳動脈の梗塞
最も多く脳梗塞の60%〜70%がこの場所で発生しています。詰まった動脈がある反対側の片麻痺(特に上肢)や知覚麻痺視力障害などが起こります。右の動脈が詰まれば、左の片麻痺がでます。
一方、大部分の人の言葉を話したり理解する言語半球は左にあるため、左の中大脳動脈が詰まると片麻痺だけでなく、言葉を話せなくなったり、聴いても理解できなくなる失語という症状が現れます。この部位の梗塞で特徴的なのは同じ側の顔、手足に同時に症状が出ることです。片方の手だけが痺れたり、両側の足が麻痺するような場合は首や腰の骨の問題や、神経の病気の場合が多いです。
前大脳動脈の梗塞
脳梗塞の5%前後がこの血管で発生し、詰まった血管の反対側の片麻痺(特に下肢)、下肢の感覚障害、尿失禁、知能低下などが現れます。
後大脳動脈の梗塞
視野、視力障害が主な症状です。視野は両目の同じ側が見えなくなります。視野障害は意外と本人は気が付かないもので、歩いていて左側ばかりぶつかるのでおかしいといったような訴えで始めて気が付くことがあります。
小脳の動脈、椎骨動脈の梗塞
めまいやふらつき、嘔吐などの症状で発生します。手足のしびれや、ものを食べる時にむせるなども症状としてみられます。
脳底動脈の閉塞
知覚障害、めまいのあと急速に進行する意識障害がみられことが多く、この血管の閉塞は重篤で生命に関わることがあります。
どんな診断・検査
問診
いつ、どのような症状が、どのようにして起こり、どのような経過ととったかが大切です。医師は、まず意識の程度、呼吸、脈拍、血圧、体温などの全身状態の把握と、神経学的な症状を見ます。
X線CT検査
レントゲンを利用して脳の状態を何の苦痛も与えずに調べることができる検査です。脳出血か脳梗塞かの判別や、病巣の位置や大きさを知ることができます。
MRI検査
磁気共鳴画像を得る検査で、強い電磁石の中に入るため、磁場の影響を受け易い、心臓ペースメーカや脳動脈クリップ、人工関節などが体に入っている人は受けられません。MRI検査では、CTでは分かり難い、脳幹部や小脳の病変、発症後まもない脳梗塞も判別し易い場合があります。また、MRAと呼ばれる特殊な撮影法により、脳血管の状態をみることもできます。
脳血管撮影
脳動脈の詰まっている位置や、詰まり方の程度などを詳しく調べる検査です。足の付け根から、カテーテルと呼ばれる細い管を脳の血管まで挿入し、造影剤という薬を流しながらX線撮影することにより、脳動脈の状態を詳しく知ることができ、手術やその後の治療方針を決める上で必要な検査です。

この他、血管の血流量を調べる「超音波ドップラー血流検査」、脳組織の血流状態を調べる「脳血流SPECT検査」などがあります。

どんな治療法

脳梗塞はいったん起こってしまって神経細胞が死んでしまうと、その部分の脳の働きを元に戻すことはできません。脳細胞が死なないうちに血液の流れをもとに戻すことができればいいのですが、それが可能な時間は発生から3時間から、せいぜい6時間以内と考えられています。

2005年10月から発症後3時間以内の脳梗塞の治療に組織プラスミノーゲンアクチベータ(t-PA:アルテプラーゼ)の静脈注射法ができるようになりました。この治療法には条件があります。発症後直ぐに病院に行くことができてCTスキャンの検査ではっきりした異常がみつからず、4.5時間以内に治療が開始できる場合に限ります。当初は3時間以内でしたが、2013年2月により多くの患者さんに実施できるように発症から4.5時間以内と改定されました。この方法は脳の血管に詰まった血栓や塞栓を溶かす方法ですが、全員に効果があるわけではなく、治療ができた患者さんの20-30%が改善します。逆に脳に出血を起こして症状が悪化することもあります。脳梗塞を発症したら一刻も早くt-PAの治療ができる病院にたどり着くことが回復の決め手になります。次のような症状がでたら、救急態に伝えればt-PAのできる病院へ運んでくれます。顔の麻痺、腕の麻痺、言葉の障害の3つが救急隊員が脳卒中を見分ける尺度にしている症状です。『顔(Face)・腕(Arm)・言葉(Speech)』時間(Time)ですぐ受診(ACT FAST)と覚えておいてください。

色々な条件でt-PA静注ができなかった場合には、カテーテルを詰まっている脳の血管にまで挿入して血栓を取り除く方法も最近では試みられています。

広範囲な脳梗塞急性期に脳が腫れて頭蓋骨内の圧が高くなると生命の危険が生じます。浮腫が強い場合は脳幹部が圧迫されて意識障害や呼吸停止をおこして大事に至る場合もあります。浮腫を軽減するため薬剤(グリセオール等)が投与されます。またそのような場合に頭蓋骨の一部を取り除いて圧を減らす減圧手術を行う場合があります。

t-PAができなかった症例や比較的軽症の脳梗塞の急性期には抗血小板薬(アスピリン、オザクレル)やヘパリンやワルファリン等の抗凝固薬、脳保護役(エダラボン)を投与します。

脳梗塞に陥ってしまった脳はもとに戻ることはできません。ですから脳梗塞の予防が大切です。一過性脳虚血(TIA)や軽い脳梗塞で脳血管の狭窄や閉塞がある場合で、首にある内頚動脈が動脈硬化で狭くなっているときには内頚動脈内膜剥離術という動脈硬化を取り除く手術が行われます。国際的な研究で、70歳以下で内頸動脈の径が60%以上の狭窄がある例ではこの手術が将来の脳梗塞予防に有効であることが分かり、現在確立した方法となっています。最近では心筋梗塞と同じように金属のステントを入れて狭窄部位を広げる治療も一般的に行なわれるようになっています。

脳の動脈と頭蓋外の動脈をつなぐバイパス手術を以前には良く行いましたが、最近は適応基準に合う症例に対して行うようになり、症例は減っています。

急性期が過ぎてからは、血栓を予防する抗血小板薬であるアスピリやクロピドグレル、チクロピジン、シロスタゾール等を飲み続けることになります。心房細動を持っている方は脳梗塞(塞栓)の再発の可能性が高いので、予防的に抗凝固剤を飲みます。有名なものがワルファリンですが、経口抗凝固薬として「ダビガトラン(プラザキサ)」が2011年に「リバロキサバン(イグザレルト)」が2012年に発売されました。それぞれ日本人を含む臨床試験(RE-LY試験、J-ROCKET AF)が行われ、有効性が確認されています。どちらも、ワルファリンの代わりに使用する場合があります。

リハビリテーション

脳梗塞の後遺症として、半身が麻痺する片麻痺、失語などの機能障害があります。この機能障害の治療として行うのがリハビリテーションです。今迄述べたように脳梗塞に陥った脳組織の機能は戻りません。しかしリハビリテーションを行うことで、他の部分の機能が失われた機能を補うように働き出します。リハビリテーションは脳卒中後の治療にもっとも大切なものです。発症早期からリハビリテーションを行うことで、寝たきりの率を減らすことができます。


どんな予防法

脳梗塞は、死亡する人の4〜5倍以上の人が発症しています。MRIの検査ができるようになったために、高齢者の多くに症状の無い無症候性脳梗塞があることもわかってきました。そして、高齢者の増加に伴い症状のある脳梗塞の発症数も増え続けています。今迄のべたように「寝たきり老人」が寝たきりになった原因や日本人の認知症の原因として脳卒中の関与が非常に高いことも分かっています。したがって、脳梗塞対策は治療面からだけでなく、予防が特に重要となっています。脳梗塞を起こす原因(危険因子)は数が多く、それが脳梗塞の減らない原因にもなっています。危険因子には高血圧、喫煙、糖尿病、心臓疾患、大量飲酒などがあがります。

脳梗塞の時に飲む薬は殆どが次に大きな脳梗塞を起こさないために飲む予防の薬です。症状を治したりする治療薬は現在のところほとんどありません。予防薬物としては前述したように、脳血栓ではアスピリン(バファリン)かチクロピジン(パナルジン)を使用し、心疾患の場合はワーファリンを使用します。高脂血症や高血圧に対する薬も予防効果があります。また血液をさらさらさせるために水分を十分に取ることが大切です。

脳梗塞ばかりでなく脳卒中全体や心筋梗塞、狭心症は全身の血管の動脈硬化が原因です。動脈硬化は生活習慣病の一つですから、若い時から生活習慣に気を付けていればかなり予防することができます。健康な生活を送るためにも若い時からの注意が必要です。

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